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連続税務小説 ヤマゲン 第8話「黒字なのに、残らない」

2026/01/08
連続税務小説 ヤマゲン 第8話「黒字なのに、残らない」

決算月が近づくと、田中 恒一の気持ちは、少し沈んだ。

 売上は悪くない。
 むしろ、前年より伸びている。

 会計ソフトの画面にも、
 はっきりと「黒字」と表示されていた。

「……なのに、だ」

 通帳を開く。
 数字を見て、眉をひそめる。

 思っていたほど、残っていない。

 材料費は払った。
 外注費も払った。
 工具も買った。

 それでも、
 利益は出ているはずだ。

「黒字って……何なんだ?」

 独り言が、誰もいない工場に響く。

 田中は、作業台に腰を下ろし、
 頭の中で簡単に計算してみる。

 売上から、経費を引く。
 残ったのが、利益。

 理屈は、分かる。

 でも、
 その“利益”が、
 現金として、ここにない。

 ふと、去年のことを思い出した。

 決算が終わり、
 税金の通知が来た日。

「……こんなに?」

 思わず声が出た。

 黒字だから、税金がかかる。
 それは理解している。

 けれど、
 その支払いのとき、
 通帳の残高は、
 一気に心細くなった。

 そのあと、
 設備の修理が重なり、
 材料の仕入れが続き、
 気づけば、資金はギリギリだった。

「黒字なのに、苦しい……」

 その感覚が、
 また、胸の奥から顔を出す。

 田中は、ノートを開き、
 こう書いた。

 売上
 - 経費
 = 利益

 その下に、もう一行、書き足す。

 利益
 - 税金
- 設備投資
- 借入返済
= 現金残高

「……ああ、そういうことか」

 黒字でも、
 お金は出ていく。

 しかも、
 税金は、
 後から、まとめて来る。

 売上が入ったときには、
 まだ払っていない。

 だから、
 「使っていいお金」
 だと、錯覚してしまう。

 田中は、通帳の数字を、
 もう一度見た。

 そこに並んでいるのは、
 “全部使えるお金”ではない。

 まだ払っていない税金も、
 もう返すと決まっている借入金も、
 全部ひっくるめた数字
だ。

 そのことに、
 今さらながら、気づいた。

「……分かってなかったな、俺」

 黒字=安心。
 そう思っていた。

 でも実際は、
 黒字は、
 責任の始まりでもある。

 税金を払う責任。
 お金を管理する責任。

 その夜、田中は、
 一枚の名刺を眺めていた。

 以前、同業者の集まりで、
 何気なく受け取ったものだ。

 ――税理士。

 特に印象的な会話をしたわけでもない。
 ただ、
 「製造業、多いですよ」
 そう言われたのを、
 なぜか覚えている。

 名刺を裏返し、
 しばらく考える。

 黒字なのに苦しい。
 それを、
 自分一人で解決しようとしてきた。

 でも。

 この違和感は、
 誰かと一緒に考えるべきものなのかもしれない。

 田中は、名刺を机の上に置いた。

 まだ、電話はしない。
 でも、
 しまい込むこともしなかった。

 黒字なのに残らない。
 その理由が、
 少しだけ、輪郭を持ち始めていた。

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