あれから、三年が経った。
ある朝。
夏美は、
国税庁のホームページを開いていた。
税理士試験合格者一覧。
画面を、
何度もスクロールする。
指先が、
わずかに震えていた。
――あった。
自分の番号を見つけた瞬間、
呼吸が止まった。
しばらく、
画面を見つめたまま、
動けなかった。
嬉しい、というより、
どこか、静かな気持ちだった。
――ああ、ここまで来たんだ。
それから数日後。
合格証書が届いた。
封筒を開けるとき、
なぜか、
少しだけ手が止まった。
中の紙を取り出し、
ゆっくりと目を通す。
その重みが、
じわりと胸に落ちてきた。
その報告を、
最初にしたのは、
源太郎だった。
「ほうか」
それだけだった。
だが、
その一言の奥に、
すべてがあった。
夏美は、
源太郎の姉の娘――
姪っ子。
姉は、
夏美が3歳になる前に夫と死別し、
それからは、
女手一つで育ててきた。
源太郎は、
そんな姉と夏美を、
気にかけていた。
仕事の合間を見つけては、
よく遊んでやった。
公園。
ブランコ。
夏には、
プールや海水浴。
夏美にとっても、
あの頃の記憶は、
断片的にしかないが、
それでも、
確かにあった。
夏美は、
これからもこの事務所で働くつもりでいた。
当然のように。
だが。
「なっちゃん」
ある日、源太郎が言った。
「他人の釜の飯、食うてこい」
夏美は、
言葉の意味が、
すぐには分からなかった。
「ここでやれることは、
もう一通りやった」
「この先はな、
もっと違うもん見なあかん」
「紹介しといたる」
それは、
源太郎の友人が代表を務める
税理士法人だった。
税理士が20名。
職員は100名を超える。
東京、大阪、名古屋、福岡に拠点を持つ、
大きな組織。
法人部門、
個人部門、
資産税部門。
さらに、
コンサルティング部門やM&A部門もある。
源太郎の事務所とは、
まるで規模が違った。
「……わたしが、ですか?」
「そや」
短い返事だった。
「……先生は、寂しくないんですか」
源太郎は、
少しだけ笑った。
「アホか」
そして、
少しだけ間を置いて言った。
「せやけどな」
「なっちゃんの将来の方が、
大事や」
それ以上、
何も言わなかった。
――退職の日。
荷物は、
それほど多くなかった。
最後に、
事務所の中を見渡す。
この場所で、
どれだけの時間を過ごしたのか。
数えようとして、
やめた。
「先生」
「いえ、おじさん」
「ん?」
「最後に、お願いがあるんだけど」
公園だった。
昔、
よく遊んだ場所。
錆びかけたブランコは、
あの頃と、
あまり変わっていなかった。
「……乗るんか」
「うん」
夏美は、
少し照れたように笑った。
大人になった体で、
ブランコに腰を下ろす。
「押して」
「しゃーないな」
源太郎は、
後ろに立った。
軽く押す。
ブランコが、
ゆっくりと揺れる。
今度は、目一杯、背中を押す。
風が、
頬をなでる。
「キャー、楽しい!」
無邪気に、
夏美が言った。
その声は、
子どもの頃と、
変わっていなかった。
しばらくして、
ブランコが止まる。
夏美は、
背を向けたまま、言った。
「ねえ、おじさん」
「ん?」
「小さい頃ね」
「おじさんが、
パパやったらいいのにって、
ずっと思ってた」
源太郎は、
何も言わなかった。
夏美は、
「もう一つだけ、お願いしてもいい?」
「なんや」
「わたしが結婚するとき、
バージンロード、
一緒に歩いてくれる?」
夏美は、
笑って言った。
けれど、
目には、涙が浮かんでいた。
「……アホか」
源太郎は、
顔をそらした。
「そんなもん……」
少し間があった。
「分かった」
短く、
そう言った。
源太郎の目にも、
光るものがあった。
「じゃあ、行くね」
夏美は、
ブランコから立ち上がると、
背筋を伸ばし、
「先生!」
「ありがとうございました!」
「おじさん!」
「ありがとうございました!」
大きな声だった。
そして、
走り出した。
その背中が、
少しずつ遠くなる。
風に紛れるように、
小さな声が、
こぼれた。
「……お父さん、ありがとう」
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