税務署からの電話があってから、
田中 恒一は、
落ち着かない日々を過ごしていた。
工場はいつも通り動いている。
機械も、音も、納期も。
だが、
頭の片隅に、
ずっと同じ言葉が居座っていた。
税務調査。
人生で初めての出来事だった。
ヤマゲンの事務所。
午後。
机の上には、
年別に並べられたファイル。
第3期。
第4期。
第5期。
そして、
消費税申告書と、
源泉所得税関係の綴り。
先日の
税務署からの電話で、
調査対象期間と
調査対象税目は、
すでに通告されている。
「田中さん」
ヤマゲンが言った。
「調査まで、
あと一か月弱あります」
「その間に、
やることは一つです」
そう言って、
隣に座る夏美を見た。
「なっちゃん」
「今回は、
調査対象期間の
はじめの年、
第3期を重点的にチェックするで」
夏美は、
背筋を伸ばした。
「第3期は、
まだ僕、関与してませんからね」
「田中さんが、
自力でやってはった年です」
田中は、
思わず視線を落とした。
田中が、
大和源太郎の事務所を
訪れたのは、
開業3年目の途中。
顧問契約を結んだのは
開業4年目の初夏だった。
確かに、
開業して3年間、
自力でやっている頃、
正直、何が何だか分からなかった。
白色申告。
売上と経費だけを集計して、
申告書さえ
「出せばいい」
くらいの感覚だった。
第4期からは
ヤマゲンが
関与しているので問題ないとして、
田中が一人で作った
第3期だけが、
恐ろしかった。
「まずは、売上」
夏美が、
請求書と通帳を照合していく。
入金額。
請求額。
日付。
「……ここは、
全部合ってます」
夏美は、
少し安心したように言った。
ヤマゲンも、
うなずく。
「請求書ベースの売上は、
問題なさそうですね」
田中は、
ほっと息をついた。
「次、経費です」
夏美の表情が、
少し変わった。
接待交際費。
第3期目。
金額が、
やけに大きい。
「田中さん」
夏美は、
慎重に聞いた。
「クラブの支出が多いようですけど……」
「これは、
どなたとの接待ですか?」
田中は、
一瞬、言葉に詰まった。
「……ほとんど、
自分一人です」
麻里子に
入れあげていた
時期だ。
沈黙。
夏美は、
メモを取る手を止めた。
「それだと……」
「接待交際費には、
ならないです」
「……分かってます」
田中は、
小さくうなずいた。
ヤマゲンは、
黙って見ている。
「あと、
これもです」
夏美が、
一枚の明細を差し出した。
「海外旅行……」
「福利厚生費に
なってます」
田中は、
苦笑いした。
「妻と、
二人で行きました」
「妻も、
従業員ですので」
夏美が、
ヤマゲンの
表情を伺う。
「完全に、
アウトです」
ヤマゲンが、
即答した。
「田中さんの場合な」
「他人さんを
一人も雇ってへん」
「その場合、
自分の分も、
ほんで、
家族従業員の分も、
どっちも、
経費にならしまへん」
「極端に言うたら」
ヤマゲンは続ける。
「缶コーヒー1本、
夫婦で飲んだら、
それもアウトです」
「福利厚生費ちゅうのはな」
「第三者を
雇用してて
初めて成立する
経費なんですわ」
田中は、
深く息を吐いた。
作業は、
数日にわたって続いた。
第4期以降は、
問題はなかった。
会計処理。
青色申告。
専従者給与。
消費税の簡易課税。
税額計算。
どれも、
きちんとできている。
「やっぱり、
先生が入ってからは、
全然違いますね」
夏美が言う。
「当たり前や」
ヤマゲンは、
軽く笑った。
だが、
田中の胸の奥には、
言葉にできない
違和感が残っていた。
売上は合っている。
請求書も、通帳も。
それなのに――。
なぜか、
落ち着かない。
ヤマゲンは、
そんな田中の表情を、
黙って見ていた。
「田中さん」
静かに言う。
「税務調査はな」
「“裁かれる”場やありません」
「“確認する”場です」
田中は、
ゆっくりとうなずいた。
「……はい」
その裏で。
税務署は、
すでに一つの事実を
把握していた。
金属加工の現場で出る、
スクラップ。
現金。
売上計上モレの
可能性が
高いこと。
だが、
それが口にされるのは、
まだ先の話だった。
税務調査まで、
あと数日。
夏美は、
不安と高揚感が
入り混じった
気持ちだった。
田中は、
夜、なかなか眠れなかった。
そしてヤマゲンは、
静かに準備を進めていた。
勝つためではない。
逃げるためでもない。
ただ――
正面から、
向き合うために。
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