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連続税務小説 ヤマゲン 第50話 「時間」

2026/02/18
連続税務小説 ヤマゲン 第50話 「時間」

 在庫の話が終わった日の午後。

 

 工場の奥。

 低く唸る旋盤の音。

 

 ヤマゲンは、一台の機械の前で立ち止まった。

 

「これ、何年使っとる?」

 

「七年目です」

 

「あと、何年使うつもりや?」

 

「……十年は、使いたいです」

 

 一拍。

 

「ほな、この機械はな」

 

 ヤマゲンは、鉄の表面にそっと触れた。

 

「十年かけて、少しずつ消えていく」

 

 田中が黙る。

 

「固定資産っちゅうのはな」

 

「カネやない」

 

「時間を買っとるんや」

 

 旋盤が止まり、静寂が落ちる。

 

「でも先生」

 

 夏美が口を開く。

 

「そもそも、どこからが固定資産なんですか?」

 

 ヤマゲンがうなずく。

 

「ええ質問や」

 

「まず、“一年超使うもの”」

 

「でも、それやと個人差がある」

 

「そやから、金額基準が原則や」

 

「つまり、十万円以上」

 

 田中が眉を寄せる。

 

「十万未満は?」

 

「消耗品費で落としてええ」

 

「一発経費や」

 

 夏美が続ける。

 

「二十万円とか三十万円はどうなるんですか?」

 

「二十万未満なら三年均等償却」

 

「十万以上三十万未満なら、

 青色申告をしている中小企業・個人事業は、

 特例で即時償却してもええ」


「ということは、
 三十万以上の機械とかを買ったら、
 固定資産になって、
 減価償却ってことですね」

「うん、なっちゃん、
 そういうことや」

「そやけど、三十万未満の特例は、
 300万が天井やから、
 そこは気を付けなあかん」

「何年間で落とすかは?」
 と、田中。

「それは、
 税務署が決めた"法定耐用年数"
 ってのがある。
 普通車なら6年、
 軽自動車なら4年、
 っていう具合で」

「なるほど」

「せやけどな」

 

 一拍。

 

「減価償却は、
 利益をいじるために使う制度やない」

 

「仕事を続けるための制度や」

 

 ヤマゲンは紙に式を書く。

 

 取得価額 ÷ 耐用年数 = 年間償却費(定額法)

 

「これが定額法」

 

「毎年、同じ額を落とす」

 

「定率法は最初に多く、あとで少なく」

 

「最初に選択せなあかん」

 

「途中で気分で変えられへん」

 

 夏美が言う。

 

「減価償却って、

 経費なのにお金は出ていかないですよね?」

 

「そうや」

 

「減価償却は、“カネの出ていかん経費”や」

 

「せやからな」

 

「利益が出とるのに、カネが残らん会社がある」

 

「償却を理解しとる会社は、設備更新の準備ができる」

 

 田中は機械を見つめる。

 

 七年前、借入で買った。

 

 まだ返済は続いている。

 

「借入は、カネの流れ」

 

「減価償却は、時間の流れ」

 

「ここをごっちゃにしたらあかん」

 

 静寂。

 

 そのとき。

 

 ヤマゲンは、ポケットをごそごそと探った。

 

「……先生?」

 

 夏美が首をかしげる。

 

 取り出したのは、小さな箱。

 

 イチゴポッキー。

 

「時間の話はな」

 

 一本取り出す。

 

「ちょっと糖分が要る」

 

 ポキッ。

 

 軽い音。

 

「これもな」

 

 半分に折って、夏美に渡す。

 

「一気に食うたら終わりや」

 

「でも、ゆっくり食うたら、長持ちする」

 

 田中が苦笑する。

 

「機械も同じや」

 

「雑に使ったら早よ終わる」

 

「丁寧に使えば、長持ちする」

 

 ヤマゲンは、残りを口に入れた。

 

「時間は、使い方次第や」

 

 甘さが、静かな工場に溶ける。

 

「法人化する、っちゅうことはな」

 

「時間を背負うっちゅうことや」

 

「来年も、その次も」

 

「設備を維持する覚悟や」

 

 田中は、機械に触れた。

 

 冷たい。

 重い。

 そして確実に、時間が刻まれている。

 

 土台は、現金。

 流れは、預金。

 信用は、売掛金。

 見えない利益は、在庫。

 

 そして――

 

 未来を刻むのは、固定資産。

 

 時間は減っていく。

 

 だが。

 

「どう刻むかは、

 田中さん――社長次第や。」

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