連続税務小説 ヤマゲン 第53話 「未払と預かり」
2026/02/22
買掛金の話から、数日。
田中の工場。
ヤマゲンは、静かに話し始めた。
「今日はな、“まだ払ってへん金”の話や」
田中は苦笑する。
「未払金ですか」
「そや」
「2種類ある」
ヤマゲンは紙に書いた。
未払金
未払費用
「違い、分かるか」
田中は少し考えてから首を振る。
「正直、どっちも払ってない金に見えます」
「その通りや」
ヤマゲンは笑った。
「未払費用いうのは、
仕入以外の諸経費とかで、
買ったり、使ったりしたけど、
まだ払ってない、
「月ズレと期ズレ、ですか」
「そや、
たとえば……
クレジットカードで買ったもの、
ほかには、
電気・水道・ガス代が、
ええ例や」
「これらの経費は、
購入日と支払日が違う。
後日精算になるからや」
「田中さんの場合は
個人事業主やから12月決算や」
夏美が付け加える。
支払った日に、
経費に計上しておられますもんね」
12月に買ったり使ったりしたものが、
翌年回しの経費に
なってしまうんですね」
そのやり方しか知らんと、
そうなってまう」
まだ払っていない経費を
計上する」
もし、奥さんの給料が払えん月があった場合、
それも未払費用に計上しておいて、
あとで実際に払ったときに、
その未払費用から支払う、
ちゅう形や」
あるいは、その他の経費なのか、
そこの違いだけや」
未払費用の例はあるんですか?」
相手方との契約に基づいて、
毎月発生するような、
そんな経費の支払い管理に使う」
……地代家賃や」
工場の家賃、払ってます」
事業規模が大きなってきたりすると、
地代家賃の契約数が増えて、
けど、
「発生は今期、支払は来期」
「そのズレを整えるための科目や」
一拍。
顔を見合わせる。
「分からんかったら、"未払金"一本でええ」
田中が顔を上げる。
「え?」
「小規模事業や。実務上は、全く問題ない」
「大事なんは、“払うべきものを把握しとるかどうか”や」
田中はうなずいた。
科目よりも、本質。
「次に、"預り金"の話や」
ヤマゲンは、机の上の給与明細を指さした。
「これやけど」
源泉所得税。
住民税。
「給料から引いてます」
「これはな」
「会社の金やない」
「預り金や」
「税務署と市町村に、
会社が一時的に預かっとるだけや」
「利益でも、運転資金でもない」
一瞬、誰も言葉を発しない。
数字が、生活に変わる。
「資金が苦しいときな」
ヤマゲンが続ける。
「一瞬でも、“ちょっと回したろか”と思ったら終わりや」
「源泉所得税も住民税も税金や。
「延滞税もつく」
「差押えも早い」
田中は、明細から目を離せなかった。
「預り金は、他にもある」
「例えば、保証金」
「例えば、一時的に誰かから預かった金」
「どちらも売上やない」
「いずれ返す金や」
ヤマゲンは、少し間を置いた。
「今はな」
「奥さんだけやから、社会保険も雇用保険もない」
「でもな」
「法人にしたら、原則、社会保険は強制や」
「ほんで、
家族以外を一人でも雇ったら、雇用保険も発生する」
「預かる金の重さは、今よりずっと増える」
未来が、急に具体的になる。
土台は、現金。
流れは、預金。
信用は、売掛金。
責任は、買掛金。
時間は、固定資産。
そして――
預り金は、他人の金。
ヤマゲンは静かに言った。
「社長には」
「預かる立場もある」
「社員の将来を、
静寂。
机の上の給与明細が、
いつもより、重く見えた。