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連続税務小説 ヤマゲン 第54話 「先使いの未来」

2026/02/23
連続税務小説 ヤマゲン 第54話 「先使いの未来」

 

 未払金と預り金の話から、数日。

 

 工場の隅。

 

 旋盤の横に、小さな折り畳み机が置かれている。

 

 その上に、通帳のコピーと、返済予定表。

 

 ヤマゲンは、それを黙って見ていた。

 

「借入、何本ある」

 

 田中は、少しだけ間を置いた。

 

「……二本です」

 

「言うてみ」

 

「旋盤の分と、運転資金です」

 

 静寂。

 

 旋盤は、何も言わずにそこにある。

 

「まずは、これやな」

 

 ヤマゲンは旋盤を軽く叩いた。

 

「五年前、借入で買った」

 

「はい」

 

「あと何年残っとる」

 

 田中は予定表をめくる。

 

「……確か、あと三年くらいです」

 

「毎月、元本いくら落ちとる」

 

 田中は、すぐに答えられなかった。

 

 口座からは、
 利息を含めて、

 毎月15万円くらい、

 引き落としされている。

 

 だが、元本は曖昧だ。


「金利は、何パーや」

 これにも、答えられない。

 ヤマゲンは、静かに言う。

 

「ええか、田中さん、

 元本の月額返済額と利率くらい、
 さっと答えられへんとあかん」

「借入金はな」

 

「放っといても減るカネやない」


「管理して初めて、減っていくカネや」

「ほな、返済の中身、分かっとるか」

 田中が黙る。

「元本返済額と利息や」

 

「どっちも経費ですよね?」

 

「ちゃう、

 返済は、経費やない」

 

 田中が顔を上げる。

 

「え?」

 

「経費になるんは、利息だけや」

 

「元本は、負債が減るだけや」

 

 田中は、うなずきながらも、少し混乱した顔をしている。


「銀行から借りた時、
 それは売上か?」

「いや、借りたカネやから、
 売上とはちゃいます」

「そや、融資を受けた時は、
 カネという資産が手に入るとともに、
 借入という負債が発生するんや」

「ほんで、毎月、
 借りた部分、つまり、負債を減らしていくために、
 カネという資産も減っていく」

「その時、同時に、
 利子という経費も発生し、
 その分のカネも出ていくんや」

 田中は頷く。

「せやからな」

 

「利益が出てへんのに元本返済が続いたら」

 

「現金だけが減っていく」

 

 工場の空気が、少しだけ重くなる。


 

「次は、運転資金や」

 

 ヤマゲンは通帳を指さした。

 

「これは何のために借りた」

 

「……資金繰りが厳しいときに」

 

「旋盤みたいに、形はあるか」

 

「ありません」

 

「そうや」

 

 一拍。

 

「設備資金はな」

 

「未来を作るための借入や」

 

「旋盤が稼いでくれる」

 

「せやから、意味がある」

 

「でも、運転資金は違う」

 

 ヤマゲンは静かに続ける。

 

「これはな」

 

「時間をつなぐための借入や」

 

 田中は黙る。

 

「借入は悪やない」

 

「銀行は敵やない」

 

「銀行はな、信用を金に替えてくれた相手や」

 

 旋盤のモーターが、低く唸る。

 

「せやけどな」

 

「借入は、前借りや」

 

「未来の売上を、今、使うっちゅうことや」

 

「返済原資は、何や」

 

「……利益です」

 

「そや」

 

「利益がなければ、借入はただの重りや」

 

 田中は、返済予定表をじっと見つめた。

 

 毎月の数字。

 

 規則正しく並ぶ元本。

 

 逃げ場はない。

 

「短期と長期、分かれとるな」

 

「はい」

 

「一年以内に返す分は、短期に振替や」

 

「決算で忘れたらあかん」

 

「借入ごとに借入金台帳を作って、

 残高も管理するんや」

 

「銀行からもらった返済予定表では、

 あかんのですか?」

「返済予定表は、
 1本分しか載ってへんやろ」

「そうですね」

「そやから、
 複数の借入金をぱっと見て分かるように、
 借入金台帳を作るんや」

 ・借入日
 ・借入銀行名と支店名
 ・元本総額
 ・年利(%)
 ・元本の月額返済額
 ・月額残高の推移

 ヤマゲンの声は、強くない。

 

 だが、重い。

 

 旋盤に、そっと手を置く。

 

 五年前、この機械は希望やった。

 

 今は、責任や。

 

「借入はな」

 

 ヤマゲンが言う。

 

「金の話やない」

 

「覚悟の話や」

 

 土台は、現金。

 

 流れは、預金。

 

 信用は、売掛金。

 

 責任は、買掛金。

 

 時間は、固定資産。

 

 そして――

 

 借入は、前借り。

 

 未来を、先に使うということ。

 

 田中は、ゆっくりとうなずいた。

 

「しっかり、

 管理して、

 返していきます」

 

 静寂。


 旋盤の音だけが、工場に響いていた。

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